かつて激痩せをきたした宮沢りえは
なぜ人気大物女優に成長できたのか?
摂食障害になった女性たちとの30年余りの交流の軌跡が話題の書に!
この様子は翌日のワイドショーで派手にとりあげられ、それ以降、彼女は国民的レベルで注目の的に。好奇の視線と心配の声が混在するなか、メディアによる原因探しが活発化し、世間は摂食障害への理解と誤解を一気に深めていきます。そういう意味で、このゴルフイベント、とくに彼女が羽織っていたものを脱いだ瞬間は、瘦せ姫の歴史の大きな変わり目となりました。
その歴史的瞬間、筆者が何をしていたかというと——。テレビ朝日で芸能リポーター梨本勝氏の取材を受けていました。その半年前に上梓した『ドキュメント摂食障害』の著者として、すでに話題になっていた彼女の激瘦せと摂食障害の関連性について語るためです。このVTRは2日後のワイドショーで使われるとのことでしたが、ゴルフイベントでの姿が衝撃だったため、予定が早まり、翌日、彼女の映像とともに放送されることとなります。
じつは本格的なテレビ出演は、後にも先にもこの一度のみ。それが瘦せ姫史の分岐点というタイミングだったことには、運命的なものさえ感じます。
ではなぜ、彼女は激瘦せをきたしたのでしょうか。当時よくいわれていたのは、母親との関係に原因があるとする説。まずは、太った母親のようになりたくないから、反動で瘦せすぎてしまったというものです。
というのも、摂食障害には支配的な母親と従順な娘という構図が典型例として存在し、彼女の場合もそこに当てはまります。筆者が10代半ばの彼女を取材したときも、ステージママである母親にもたれかかっているような印象を受けました。
ただ、当然のことながら、太った支配的な母親を持つ女性がみな、激瘦せをきたすわけではありません。そこには、複雑な家庭環境、少女としての無理な自己実現、大人世界への移行の失敗、体型をめぐる強迫観念の強さといった、さまざまな要素が作用していたと考えられます。
というのも、彼女は物心つく前に父親と生き別れており、母親とも一時は別居状態に(母親が戻ってきたのは、彼女が子供モデルを始めたことを知ってから、ともいわれています)。「素直」「元気」「天真爛漫」などと評された彼女の性格は、おそらくそういう生い立ちから逆説的に育まれたもので、それは芸能界でも称賛されたことにより、強化されたはずです。と同時に「顔立ち」や「体型」が重視される世界に飛び込んだことで、自らの外見についてのこだわりも、強化されたことでしょう。